福岡家庭裁判所 昭和43年(少)4419号 決定 1969年4月05日
少年 G・T(昭二九・五・一七生)
主文
少年を福岡保護観察所の保護観察に付する。
押収してある自転車一台(昭和四三年押第三八七号)及び小型ラジオ一台(昭和四三年押第三八八号)をそれぞれ被害者(氏名不詳)に還付する。
理由
(非行事実および適条)
少年は、別表記載のとおり、昭和四三年六月中旬頃から同年一〇月中旬頃までの間において、前後七回にわたり他人の財物を窃取したものである。
刑法二三五条
(送致事実中の一部を非行事実として認定しない理由)
検察官の送致書が送致事実として引用する司法警察員作成の昭和四三年一二月一九日付少年事件送致書記載犯罪事実中(5)から(7)の各非行事実の要旨は、
少年は、
(1) 昭和四三年七月下旬頃福岡市○○町○番○○号所在田○寮三〇号室において、上○国○所有の腕時計一個を窃取し、
(2) 同年九月中旬頃、右田○寮内○賀○昭の居室において、同人所有の腕時計一個を窃取し、
(3) 同年一〇月○○日頃、右田○寮七号室において、久○田○義所有の現金一、五〇〇円、万年筆一本を窃取し
たものである。
というものであるが、この三個の窃盗行為を少年の非行事実として認定しなかつたので、その理由を簡単に述べる。
少年は、この三個の窃盗非行に関し、司法警察員に対する昭和四三年一二月五日付供述調書中においてこれを自白していながら、当審判廷においては窃取の事実を否定する供述をするものである。この三個の窃盗非行は、いずれも被害者の住居氏名の判明しているものであるに拘らず、送致にかかる資料中にその被害届の添付もなく、また、賍品が発見されたものと認むべき証拠も見当たらず、前記の少年の司法警察員に対する自白を補強する証拠はないのである。保護処分といえども、一定の非行事実のあることを理由として少年の意に反してもその身体の自由になんらかの拘束を加えるものであるから、補強証拠なしに、自白のみでその非行事実を認定することは許されないものと解するのが相当である。したがつて、前記の三個の窃盗非行については、少年の自白を補強する証拠はないのであるから、その自白の信用性について審究するまでもなく、これを少年の非行事実として認定することは許されないのである。
なお、この三個の窃盗非行に関し、当裁判所は、少年の自白を補強すべき証拠を収集するための証拠を一切行なわなかつたので、その理由を付記しておきたい。少年審判といえども、実体的真実主義をとるものであり、かつ、いわゆる当事者主義的訴訟構造をとらず、証拠調は一切裁判所が職権で行なうべきものとしているのであるが、しかし、真実発見のための証拠調義務が裁判所に対し無制限に課せられているものと解するのは相当でない。すなわち、捜査機関から送付された資料のみによつては非行事実を認定するにつき証拠不十分であるときは、如何なる場合においても、真実発見のため非行事実に関する証拠を収集する義務が無制限に課せられるとするならば、裁判所は、捜査機関となんら異なるところのないものとなり、その司法機関としての中立性は全く損われてしまうことになるであろう。少年審判は、「少年の健全な育成を期し、非行ある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行なう」ことを目的とするものであるから、この目的を達成するために必要な限度において証拠調を行なう義務が課せられるのであつて、この限度を超えてまで証拠調を義務的に行なわねばならぬものではないのである。したがつて、捜査機関から送付された証拠資料のみでは、証拠不十分と認められる場合であつても、少年につきなんら要保護性が認められないときには、非行事実に関する証拠を収集するための証拠調を行なうまでもなく、直ちに「非行事実なし」として不開始ないし不処分の決定をすることが許されるものであり(非行事実の存在が、要保護性に関する調査の前提条件であることは勿論であるが、審判前調査の制度を採つている現行少年法制上、非行事実の存否が確定されるより前に要保護性の有無が確定されることが起りうる)、また、送致にかかる数個の非行事実中の一部につきこれを認定するに足る証拠のない場合においても、この一部の非行事実の存否が要保護性の有無の判断や保護処分の選択に影響がないと考えられるときは、同様にかかる証拠調を義務的に行なう必要はない。いわゆる一事不再理の効果が、家庭裁判所に係属した全ての事件についてではなく、保護処分の対象となつた事件についてのみ生ずるものとされていることからも、このことは裏書きされるであろう。
本件についてみるに、前記の三個の窃盗非行は、いずれも、前記認定にかかる非行事実別表番号3から7欄記載の行為と同じく少年が田○寮に新聞配達に赴いた際不在の居室において行なつた窃盗行為とされているものであつて、その手段方法において特段の差異のあるものではなく、その存否が少年についての要保護性の判断や保護処分の選択に影響を及ぼすものではないので、これに関し被害者を証人調する等の証拠調は行なわなかつたのである。
(処遇の理由)
少年の要保護性
1、少年は、満一四歳になる以前から窃盗等の非行を犯しているものであつて、再非行の危険性がある。
2、少年は、義父を極度に嫌悪し、それとの親和性、意思の疎通もない。
3、実母は難聴者であるうえ、本件賍品を自ら入質処分しているものであつて、保護能力はない。
よつて、少年の資質と環境とに照らして、保護観察所の保護観察に付するのを相当と認める。少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項、刑事訴訟法三四七条一項にしたがい、主文のとおり決定する。
(裁判官 金沢英一)
別表
番号
犯行日時(頃)
犯行場所
被害者
被害品
1
昭和四三年
六月中旬
福岡市○○町○○番○○号佐○文○方前路上
氏名不詳者
自転車一台
(昭和四三年押第三八七号)
2
同 年八月初め
同市同町○番○○号○○倉庫株式会社一階タバコ売店横倉庫
保管者
同社総務果長
田○司○
タバコ「ルナ」二〇個
3
同 年同月○○日
同市同町○番○○号田○寮七六号室
坂○信○
腕時計 一個
4
同 年九月中旬
右田○寮三七号室
月○義○
腕時計 一個
5
同 年同月中旬
右田○寮六〇号室
吉○春○
腕時計 一個
6
同 年一〇月○○日
右田○寮一三号室
中○久○
腕時計 一個
ライター 一個
7
同 年同月中旬
右田○寮内
氏名不詳者
小型トランジスターラジオ一台
(昭和四三年押第三八八号)